なぜ富裕層はモノを安易に捨てないのか?資産としてのモノの捉え方

「不要になったから捨てる」。多くの人が当たり前のようにそう思います。しかし、純金融資産1億円以上を保有する富裕層の行動パターンを観察すると、彼らは私たちとまったく異なる意思決定のロジックを持っていることに気づきます。

「賢者の選択」主筆の一条です。私はこれまで、循環経済アナリストとして多くの企業のサプライチェーン戦略に関わり、そのプロセスで富裕層の消費・売却行動を数多く分析してきました。その経験から言わせてください。富裕層が「捨てない」のは、感傷やもったいない精神からではありません。モノを徹底的に「資産」として捉えているからです。

野村総合研究所の最新推計(2025年2月発表)によれば、2023年時点で日本の富裕層・超富裕層は合計約165万世帯、その純金融資産総額は約469兆円に達しています。彼らはなぜ、ゴミ袋ひとつ出すことにもロジックを持ち込むのか。その思考構造を解き明かすことが、本記事の目的です。

富裕層の「捨てない」は感情論ではなく経済合理性である

まず前提として整理しておきたいのは、富裕層の「捨てない」という行動が、いわゆる「もったいない」精神とはまったく異なる、という点です。

一般的に「捨てられない」人の行動は、行動経済学で「損失回避バイアス」として説明されます。人は利益を得る喜びよりも、損失を被る痛みを約2倍強く感じる傾向があり、これが「捨てること=損失」という感情的な抵抗を生み出します。しかし、これはあくまで感情の問題です。

富裕層の「捨てない」は、そこから一段上にあります。彼らの頭の中では、モノを捨てることは「資産価値をゼロにする行為」であり、最も非効率な選択肢として認識されています。費用対効果(ROI)を常に意識し、時間価値の高い富裕層にとって、資産をゼロにするコストは見過ごせないのです。

行動一般層の思考富裕層の思考
捨てる「スッキリする」「邪魔だから」資産価値をゼロにする最悪の選択
売る「手間がかかる」「面倒」資産を次に循環させる合理的な行動
保有し続ける「なんとなくそのまま」価値の上昇を待つ戦略的判断

この表を見ると、思考の根本にある「モノへの向き合い方」がまったく異なることがわかります。

モノを「消費財」ではなく「資産」として見る思考法

富裕層がモノを資産として捉える際、共通して使う考え方が「ライフサイクルコスト」という視点です。

ライフサイクルコストとは、購入時の価格だけでなく、使用期間中の維持費・メンテナンスコスト、そして最終的に手放す際のリセールバリューまでを含めた総コストのことです。

たとえば、10万円のバッグを5年間使って1万円で売却した場合、実質コストは9万円です。一方、50万円のブランドバッグを10年間使って35万円で売却できれば、実質コストは15万円。単価は5倍でも、ライフサイクルコストの観点では後者のほうが「安い買い物」になり得ます。

富裕層はこの計算を、ほぼ無意識に行っています。だからこそ、初期投資が高くても「価値が落ちないもの」「長く使えるもの」「将来高く売れるもの」を選ぶ傾向があるのです。

実物資産としてのモノの位置づけ

資産は大きく「金融資産」と「実物資産」の2種類に分けられます。実物資産とは不動産、貴金属、高級ブランド品など「モノそのもに価値がある資産」のことです。金融資産と異なり、インフレや金融危機の局面でも価値が急落しにくい特徴を持ちます。

富裕層にとって、高級時計・ブランドバッグ・美術品などは単なる生活用品ではなく、ポートフォリオを構成する実物資産のひとつです。株式や不動産と同様に「保有して価値を育て、最適なタイミングで換金する」という発想で管理されています。

富裕層が「価値が落ちないモノ」に投資する理由

ここで具体的なデータを見てみましょう。富裕層が好んで保有するブランド品のリセールバリューは、一般消費財とは大きく異なります。

高級腕時計:使い続けながら価値が増すインフラ

高級腕時計の世界では、ロレックスのコスモグラフ・デイトナなど一部モデルが、定価を大幅に超えるプレミア価格で流通しています。また、世界三大時計ブランドのひとつであるパテックフィリップのノーチラスは、中古市場でも1,000万円を超えるモデルが存在します。

時計専門メディアの調査によれば、ロレックスの中古買取率はブランドによっては定価の100%を超えることがあり、適切にメンテナンスを継続すれば「購入価格以上で売れる可能性がある実物資産」として機能します。

注目すべきは、高級腕時計には車と異なり車検や自動車税のような定期的な課税コストがなく、数年ごとのオーバーホール(1〜3万円程度)で価値を維持できる点です。維持コストが相対的に低いにもかかわらず、希少性が高いモデルでは価値が増し続けるという、資産としての効率性が際立っています。

エルメス・バーキン:40年間一度も値下がりしない唯一のバッグ

エルメスのバーキンは、1984年の発売以来、一度も値下げをしたことがありません。直近では2022年から2025年にかけて毎年値上げが実施されており、バーキン25は2022年の約133万円から2025年には約188万円へ、わずか3年で50万円以上値上がりしました。

中古市場でも状況は同様です。2019年に約132万円だったバーキン30(トゴ素材)は、2025年には約206万円に達しており、6年間で約40%の上昇を記録しています。特定のカラー・素材・サイズの組み合わせでは、定価を超える価格での取引も珍しくありません。

さらに興味深いのは、バーキンと車のリセールバリューを比較したデータです。車は購入から3年後のリセールバリューが約50%、5年後は約30%まで落ちるのが一般的です。一方で、バーキンは状態を保っていれば100%を超えるケースも報告されています。

ブランド品のリセールバリュー比較

アイテム特徴リセールバリュー目安
一般乗用車3年後50%/5年後30%急速に低下
ロレックス(人気モデル)定価超えのプレミアも100%超の場合あり
パテックフィリップ・ノーチラス希少性が極めて高い定価を大幅に上回る
エルメス・バーキン発売以来値下げなし定価の100%〜150%+
一般ブランドバッグ流通量が多い30〜60%

※上記は市場の一般的傾向であり、モデル・コンディション・時期によって大きく変動します。

富裕層が実践する「出口戦略」という考え方

資産運用の世界では、投資を始める前から「いつ、どのように手放すか」を想定する「出口戦略」が重視されます。富裕層はこの考え方を、金融資産だけでなくモノの購入にも適用しています。

購入時から「売ること」を想定する

富裕層のモノの購入プロセスを分解すると、以下のような思考の流れになります。

  • このモノは10年後、どのような価値を持っているか
  • 維持コストはどのくらいかかるか
  • どのような状態で保管・メンテナンスすれば価値が保たれるか
  • 最も高く売れるタイミングはいつか、どのチャンネルが最適か

これは感情論ではなく、純粋な投資判断です。実際、ロレックスを1990年代に購入した人の多くは、30年後にここまで価値が高騰するとは予想していませんでした。しかし富裕層は「価値が落ちにくい」という判断基準を持ち続けた結果、大きな資産形成に成功しています。

メンテナンスを「コスト」ではなく「投資」と見る

富裕層がモノを大切に扱い、定期的にメンテナンスをするのは「愛着」からではありません。メンテナンスは、将来の売却価値を守るための投資行動です。

たとえば高級腕時計の場合、オーバーホール履歴の有無と、その領収書の保存状態が買取査定額に直接影響します。同じモデルでも、メンテナンス記録がある個体とない個体では、買取額に大きな差が生まれることがあります。

付属品の管理も同様です。箱・保証書・説明書などの付属品が揃っているかどうかが、リセールバリューを左右する重要な要素となります。富裕層が「捨てない」のは、こうした細部まで計算されているからです。

「捨てる」前に立ち止まる:一般層が見落としているコスト

ここで重要な問いを立てたいと思います。あなたが「不要だから捨てよう」と思っているモノ、本当に価値がゼロですか?

多くの人は、捨てることに伴うコストを過小評価しています。捨てるという行為が持つ真の意味を整理すると、以下のように分解できます。

  • 購入時に支払ったコストが完全に失われる
  • そのモノが持つ潜在的なリセールバリューも消滅する
  • 将来価値が上昇した場合、その機会損失を被る
  • 廃棄処理コスト(ゴミ袋代・処分費等)が新たに発生する

つまり「捨てる」は、コストがゼロの行為ではなく、複数の損失を同時に発生させる行為なのです。

対して「売る」は、これらの損失を最小化しながら残存価値を回収する行為です。たとえ5,000円にしかならないとしても、「捨てる」よりは5,000円分だけ経済合理性が高い選択です。

富裕層はこの差分を、わずかな金額であっても見逃しません。なぜなら、その積み重ねが資産形成の根幹にあるからです。

なぜ多くの人は「捨てる」を選んでしまうのか

売ることが合理的なのに、なぜ多くの人は捨てることを選んでしまうのでしょうか。行動経済学が示す「現在バイアス」がここで機能しています。売却には時間と労力がかかります。一方、捨てることは今すぐ手軽に行えます。人は将来の大きなメリットよりも、今の小さな便利さを優先してしまう傾向があり、これが「捨てる」という選択を合理化してしまうのです。

富裕層は意識的にこのバイアスを排除し、長期的な経済合理性を優先します。これは習慣であり、訓練によって身につけられる思考法です。

富裕層の思考を日常に取り入れる:実践フレームワーク

富裕層と同じ資産を持たなくても、その思考法は今日から実践できます。モノを「資産」として捉えるための3ステップを紹介します。

ステップ1:購入前に「リセール価値」を調べる

高額なモノを購入する前に、中古市場でその価値を検索してみましょう。フリマアプリや買取専門店のウェブサイトで相場が確認できます。「5年後にいくらで売れそうか」を把握した上で購入判断をするだけで、消費の質が大きく変わります。

ステップ2:手放す前に「売れるか」を確認する

捨てる前に必ず一度、買取相場を調べてください。メルカリなどのフリマアプリでの取引実績や、買取専門店のウェブ査定を利用すれば、数分で相場感がわかります。500円でも売れるならば、捨てるよりも合理的な選択です。

ステップ3:メンテナンスと付属品管理を習慣にする

価値を保ちたいモノについては、定期的なメンテナンスと付属品の一元管理を習慣化しましょう。購入時の箱・保証書・レシートは、透明なファイルにまとめて保管する。これだけで、将来の売却時に得られる金額が変わることがあります。

まとめ

富裕層がモノを安易に捨てない理由は、感傷でも節約精神でもありません。モノを「資産」として捉え、ライフサイクルコストと出口戦略を常に意識する、経済合理性に基づいた行動の結果です。

「捨てる」はコストゼロの行為ではなく、購入コストと潜在的なリセールバリューを同時に消滅させる行為です。対して「売る」は、残存価値を最大化しながら社会に資産を循環させる、最も賢明な選択です。

本記事が伝えたいことは、シンプルです。捨てる前に1分だけ立ち止まって、「これはいくらで売れるか」を考えてみてください。その習慣の積み重ねが、やがて思考の質を変え、資産形成の基盤となるはずです。

感情に別れを告げ、数字と向き合う。富裕層が実践するこの思考法は、誰にでも今日から始められます。